
コミックマーケット76に出店いたしました「コンテンツ文化史学会」のブースですが、おかげさまで盛況のうち午前中にて完売となりました。御礼申し上げます。また、お買い求めできなかった方々、大変申し訳ございません。
なお、会員登録は随時受け付けております。今回、手に取れなかった方も会員になっていただき、会費納入をしていただければ、創刊号(および2号が発刊されましたらそちらも)を発送させていただきます。ご検討いただければ幸いです。

コミックマーケット76に出店いたしました「コンテンツ文化史学会」のブースですが、おかげさまで盛況のうち午前中にて完売となりました。御礼申し上げます。また、お買い求めできなかった方々、大変申し訳ございません。
なお、会員登録は随時受け付けております。今回、手に取れなかった方も会員になっていただき、会費納入をしていただければ、創刊号(および2号が発刊されましたらそちらも)を発送させていただきます。ご検討いただければ幸いです。
皆様。
ブログの更新がすっかりご無沙汰になりました。ようやくお盆休みになってほっとしています。さて、お盆の真っ盛りに開かれるコミックマーケットですが、3日目の明日に参加いたします。詳しくはこちら。
高いよね、とか、特典ないの?とか色々言われますが、参加することに意義を見出そうと・・・問題は売り子の確保が大変だということです。会長を筆頭に皆さん、買い物に行っていますし・・・。とりあえず何とかなるだろうという気分ですが、多分、そうもいかないような気がします。
何はともあれ、お近くを通ったら、ちらっと見てください。
下記の日程でコミックマーケット76に参加いたします。お近くを通りかかった際にはお立ち寄りください。
【日 時】 2009年8月16日(日)
【場 所】 東京有明ビッグサイト
【サークル名】 コンテンツ文化史学会
【配 置】 東M-30a
【頒 布 物】 『コンテンツ文化史研究』創刊号
【価 格】 2000円
【搬 入 数】 20部ほど
当会が4月に発足以来、多くの方々に会員になって頂きました。新しくスタートした学会に当初より参加して頂いたことに、厚くお礼を申し上げます。一方で、会員登録の手続きをして下さった方々で、まだ会費の振り込みがお済みでない方々もいらっしゃいます。会費の納入を切にお願いする次第です。会誌の刊行など、学会の運営は、皆様からの会費に頼っております。何卒、よろしくお願い申し上げます。
下記の銀行口座に、会員登録されたお名前での会費の振込みをお願いいたします。会誌が未送付の方には、入金確認後、入会年度の会誌『コンテンツ文化史研究』(現時点では創刊号。第2号は10月刊行予定)をお送りいたします。
口座名:コンテンツ文化史学会
みずほ銀行本郷支店(店番号075)
口座番号:2742731
コミックマーケット準備会様から、イベント情報をお知らせいただきました。
ご興味のある方は、ご参加ください。
コミックマーケットシンポジウム
「ユーザーが産み出す超多様性市場としてのコミックマーケットとその今後」
http://www.comiket.co.jp/info-a/C76/C76symposium/C76symposium.html
本シンポジウムでは、コミックマーケットが、多様な創作活動が一堂に会する「場」としての市場的機能が、コンテンツにおける創造・流通と消費の各プロセスにどう関わっているか、また社会にどのような影響を与え、関わっているかを、社会システム論とネットワーク経済という学術的な視点から明らかにしようとするものです。
<概要>
■日時: 8/14(金) 13:00-14:00
■場所: 国際会議場7F
■主催: コミックマーケット準備会
■登壇者:
パネリスト
出口 弘 (東京工業大学教授)
田中 秀幸(東京大学准教授)
筆谷 芳行(コミックマーケット準備会共同代表)
モデレータ
中村 仁 (東京工業大学特任講師・東京大学特任講師)
■参加費: 無料
■参加事前登録
事前登録はこちら。https://secreg.jp/sr/comiket.co.jp/member
当日受付もございますが、事前登録をお勧めします。
芸工大で開催してきました
自主講義「コンテンツ作品分析」
もいよいよ最終回になりました。
最後の作品は、もちろん!

これしかないですよね☆
改めてみるとほんと面白い。
ちょうどリアル中二でこのアニメを劇場に
観に行ったというのは、
ある意味、得難い体験だったなあ、
と思い返す今日このごろです。
♪ほうり投げたブ~メラン~
しかし後期は忙しさが倍増するので
上映会はちょっと厳しいなあ…
ってことで、9月の初めに
大上映会を企画中です!
経過などはまたこちらで
ご報告させていただきますね~
皆様。
続きました。たまには論文を読んでいますコーナー2回目。
「魔術士オーフェン」と言えば、秋田禎信の大ヒットライトノベルなわけですが、何を思ったか昨年、作者のホームページ『モツ鍋の悲願』の雑記内にて「あいつがそいつでこいつがそれで」と題して後日談が書かれました。懐かしさに駆られて読んでいたわけですが、登場人物の全員が「あいつ」や「こいつ」とかで語られていくので、途中で混乱します。これは読み直そう!と思ったのが間違いというか・・・はぐれ旅全20巻、無謀編全13巻を通勤途中の電車の中でとか寝る前とか、ただひたすら読み耽っていました。そのため何かあるたびに私の脳内では「我は放つ光の白刃」とかコールされていましたが、もちろん口には出していませんよ。脳内ですよ。
さらには『エンジェル・ハウリング』とか『愛と哀しみのエスパーマン』、『シャンク!!ザ・レイトストーリー』(ロードストーリーも)などと読み進めてしまいましたが、それは別の話。一先ずオーフェンについて誰か書いていないかなと調べてみたら、世の中広いもので論文がありました。
内容としては児童文学研究において小川未明作品に対する評価が、「死」を取り扱っていることによるネガティブなものから、そのようなタブーが崩壊している現状へと変化しているそうです。そのような中でも子供向けの作品で「殺す」や「死」といった言葉が連続して使用されるのはなかったが、数多く使われる作品として登場してきたのが「魔術士オーフェン」シリーズであると定義付けています。そして特にオーフェン作品のなかで、ボルカンがオーフェンへと放つ脅し文句を一覧化し、彼の言動はいわゆる子供の「ごっこ遊び」の反映であり、字面の暴力性からは乖離し「実行性を持たない形だけの決まり文句」であるとしています。そして作品内に暴力的な言葉が多用されることで批判が出てくるだろうが、子供にしてみれば「氾濫する情報の一つにすぎない」と定義付けています。
感想としては、児童文学研究はよく分からないのですが、児童文学=ライトノベル(というかオーフェン・シリーズ)という図式が果たして成り立つのかどうか。また暴力的な言葉が多用される作品の初発が果たしてオーフェンなのか、というか「氾濫する情報の一つ」としている以上はそのほかのメディア(アニメ・映画・マンガなど)との比較の上、オーフェン作品を歴史的に意義付ける必要があるかと思います。が、もう12年前の論文なのですね。当時は今日的な意義でのコンテンツという言葉もなかったわけですし、何より論文内で「ライトノベル」という言葉が全く使われておりません。その当時の研究状況はこうして把握できますが、学界における空気までは何となくしか分かりません。既存の学問枠組みにあるものを議論として繋げていかなければならなかったのかもしれません。とはいえ、この間に研究も色々と進展していったようにみえて、実は根本の部分ではまだ変わっていないのかもしれませんね。しかし変わったといえば研究状況より、オーフェンですよ。何より終わったと思ったオーフェンが復活しようとは!
山形市内もいよいよ盆地の本領を発揮し、
暑い暑い季節になってまいりました。
芸工大の自主講義「コンテンツ作品分析」も
いよいよゴールが見えてきました。

第8回にはついに問題作の『ガンドレス』を取り上げました。
ともかく学生には制作上のスケジューリングと
リスクヘッジの重要性を学んでほしいとの願いで
あえて未完成版(劇場上映版)を観ました。
ある意味、これまでで最も切ない上映会となりました…

そして第9回は『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』です!
これも海外文化と日本製コンテンツの融合の
面白さと難しさ、さらには権利ビジネスの
問題点など、内容以外の部分でも
説明するところが満載ですが、それよりも
若い学生にはこの破天荒さを見直して
もらいたい!という気持ちもありました。
参加者が少なかったので、調子にのって
タイ版のモッデーン(仮面ライダー)も
見せてしまったのはちょっと反省☆
次回は最終回ということで、
もちろんあれを鑑賞しますよ!!
色々あって(というかコンテンツ文化史学会の紙芝居分科会、あれ?呼称は紙芝居部会?)最近、紙芝居に関する論文を読む機会が増えているのですが、この論文もそれによるものです。たまには紙芝居部会も活動しているよ!主に脳内で!というところを見せておきます。別に泉鏡花好きというわけではありません。それにしても図書館でこの論集を閲覧したのですが、同じ本棚に大量の鏡花関係の論文集が置いてあって驚きました。文学研究とはそういうものなのですね・・・。
さておき論文の内容は、前半と後半できっちり分けられていて、前半は泉鏡花の作品「山海評判記」に出てくる紙芝居師の妥当性検討し、後半はテクスト分析を行っています。前半では、作品の挿絵を担当した小山雪岱の後世の記録を参考にしながら、昭和4年ごろの小山にとっては紙芝居師がどのような存在か把握できていなかったことを指摘、また作品内で描かれている紙芝居師は東京市社会局『紙芝居に関する調査』(1935年)や今井よね編『紙芝居の実際』(1934年)と比較しても的外れではないことが把握されています。後半では紙芝居が作中で非常に重要な位置を占めていることを主張。特に紙芝居に関する登場人物らが次第に希薄になっていくのは、作中の現実の世界と紙芝居の世界が等価になっているからであるとしています。
という感じ。これまでの鏡花研究では、それほど重要視されてこなかった(のでしょう)紙芝居に焦点を当てたという意味では非常に面白いのですが、結局のところ実態把握ではないのでよく分からない。前半部分の最後で「結局、フィクションだし」的なオチを持ってくるのは、仕方がないのでしょう。あとは地域性か。小山が紙芝居師をよく把握出来ていなかったというのは、黄金バット登場以前なので仕方ないのかもしれませんが、しかし、泉鏡花は当然知りえたからこそ作品の題材にしたわけで、そこは地域差なのか単なる個人差なのか。
さて「その1」というタイトルをつけたので、「その2」をやらないといけないのでしょうか。
すっかりご無沙汰となってしまいました。編集担当の玉井です。
例会が終わると気が抜けたようになっていた、というわけでもなく日常に追いやられていました。その例会ですが、発表者である土居浩先生のブログにてもこのように取り上げていただきました。また、iNSIDEさんにても、このような記事を書いていただきました。ありがとうございます。今更ながら言及して申し訳ありません。
さて、本日はドラクエ9の発売日ですが、見事にamazonが発売日に届けてくれたので、せっかくの土曜日を潰して数時間、プレイをしてみました。現在レベル12です。城にこれから向かうところ。この数時間の経験のみで語れば非常に丁寧に作られているという印象を受けます。
しかし、気になるのは、ドラクエ9に関するテレビ報道を見ていると、お客さんが渋谷のTSUTAYAに購入のために並んでいるところを目にする機会が多いように思えます。もちろん全てをチェックしているわけではありませんが、秋葉原は取り上げられていないのでしょうか。渋谷と秋葉原という2つの場所から想起されるイメージと様々な戦略が影響し合っているのかもしれません。