ホーム > ブログ

ブログ

コンテンツ文化史学会2015年度大会「ゲームで学ぶ、ゲームで遊ぶ」に向けて(その2)

2年間のブランク期間にあったことで学会として一番大きいこととしては、もはや専属イラストレーター的なポジションに位置しているこさささこさんが倒れられたことでしょう。単にイラストレーターとしてではなく、実は組版も担当されていたので本学会の編集機能はすべてがストップしたのでした。私が暇であったのならば、まだ何とかできたでしょうが、そのときは新しい職場で仕事をしているだけで精いっぱいで、ただ時間と物事が過ぎていくだけでした。こさささこさんは数か月もの間、意識を失われていたので、大変心配をしておりましたが、こうやって学会のポスターがあがってくるだけで感激の一言に尽きます。

さてそのような2015年度大会ですが、2日目には企画シンポとして「コミケットの未来・同人ソフトの未来2016」がまずは行われます。これは昨年の3月に行われたコミケットスペシャル6で行われた「コミケットの未来・同人ソフトの未来」の続編的な位置づけになります。あのとき、私も喋っていましたが、とにかく時間が足りなかったことを覚えています。一人三分で発表ですからね。ムスカですか。今回はもう少し時間はあると思いますが、ふたを開けてみないとわかりません。内容としては板垣貴幸さんのコーディネートで、同人誌や同人ソフトに関して歴史的な側面(玉井)、経済学的な側面から小山友介さん、同人ソフト・パソコンの点からおにたまさん、インディーズやVRソフトから江崎望さん、そして吉田会長と戸崎茂雄さんからコメントをいただくという流れになる予定です。

そして午後はシンポジウム「大学におけるコンテンツ教育の展開と未来」です。初日がゲームクリエーターが教育機関で教える場合というかたちでしたが、2日目は教育現場にいる人たちの観点からお届けするかたちになります。まずは今回のシンポジウムの趣旨説明および海外のコンテンツ教育の状況を戸田千速さん、産業界から期待することや実践例などを恩田講さん((株)バンダイナムコスタジオ)、デジタルハリウッド大学での実践例を高橋光輝さん、東北芸術工科大学の事例を吉田正高会長が話す予定です。

そのほかにも一般発表もありますので、ぜひお越しください。初日には懇親会もありますよ。お待ちしております。このページをご覧いただき、参加登録をお願いします。

コンテンツ文化史学会2015年度大会「ゲームで学ぶ、ゲームで遊ぶ」に向けて(その1)

皆さん、お久しぶりです。実に2年ぶりのブログ更新になります。この2年間に何があったかというと職場がかわり劇的に忙しくなったことにより、学会仕事にまわせるリソースが一時期は限りなくゼロになりました。ようやくペースをつかめた気がするので、新人の先発ピッチャーが一年間ローテーションを守ったことにより少し自信をもってキャンプに臨んでいる気分です。大学は2月中旬から春休みに入っております。

さて2015年度大会はこれまでとは違い2月に開催となりました。その理由としては日本デジタルゲーム学会さんと同時開催であることが挙げられます。何せメンバーを見るとわかりますが、かなり重なっており話す機会も多いわけです。それなら一緒にやりますか、という感じで小山友介先生とお話ししたことを覚えています。したがって今回は教室は違いますが、同じフロアで行われ、懇親会も合同で行われます。受付は別です。本学会への日本デジタルゲーム学会会員の皆様の参加は値引きいたしますが、コンテンツ文化史学会会員の先方への参加は特に何もありません。

そんな感じではじまる今回の大会ですが、「ゲームで学ぶ、ゲームで遊ぶ」というテーマになったのは、今回はゲームを考えるよい機会にしようという意図があります。我々はゲームのみに焦点を当てて考える学会ではありませんが、様々な媒体を複合的にそして歴史的に捉えて考えることを行ってきました。そのベースを踏まえて、ゲームを遊びや学びという一側面からだけではなく、学びと遊びを有機的に結合させて考察することはできないだろうか、という考えがあります。

そこでまず初日には「昼下がりの『夜のゲーム大学』」としてシンポジウムを行います。この『夜のゲーム大学』とはなんぞや、という方もおられるかもしれませんが、麻野一哉さん、飯田和敏さん、米光一成さんの3名がロフトプラスワンで定期的に開催しているイベントで、ゲームクリエーターであり、大学などの教育現場で教えている3名が毎回、授業を行い、その時々、手がけている作品の解説を行い、時にゲームの真髄にまで迫ろうというアグレッシブな会です。今回は残念ながら日程の都合で麻野一哉さんの参加はなりませんでしたが、専門学校で教鞭をとられている納口龍司さんにご参加いただきます。司会は本学会会長の吉田正高です。おそらく会長は最近、アートとコンテンツを架橋する授業を本務校でやっているので、そこらへんを3名に聞くのではないでしょうか。想像です。

内容としてもゲームクリエーターが教育現場にてどのような活動を行っているのかや現在手掛けている作品などに踏み込んでいくはずです。しかし、昼下がりですから、どうなるかはわかりません。昼ドラのようになるのか、情報番組のようになるのか。お楽しみにしてください。

大会が終わり、コミケへ

皆様。2013年大会は大変お疲れさまでした。下記のtogetterにその一端がまとめられております。つぶやきですので、ほんの一部でしかありません。これで当日の話の文脈まで読めませんので、ご注意ください。

http://togetter.com/li/600056

http://togetter.com/li/600576

また、ファミ通さんにも取り上げていただきました。まことにありがとうございます。

http://www.famitsu.com/news/201312/27045576.html

それにしても会場の東海大学高輪キャンパスは綺麗でしたね。夜はイルミネーションが目立っておりました。

夜の風景を撮影しておりませんが…今回、参加できなかった方は来年にぜひお会いしましょう。例会・大会と開催したします!そして明日はコミケ3日目。コンテンツ文化史学会もサークル参加いたします。

http://www.contentshistory.org/2013/12/19/1414/

場所は西 も – 09 aです。特に新刊ありません!数時間後には起きて、出発です。参加される方はぜひお寄りください。それでは良いお年を!

キャラクター大会に向けて その5「ゆるキャラのどこが面白いんだ?」

にゃんぱすー(挨拶)

もうあと数日になりました。2013年キャラクター大会へのご参加を検討されている方はぜひ参加登録サイトから必要事項をご記入の上、送信ボタンを押してください。

さて、私は通勤途中にラジオをよく聞いてradikoやpodcastなど諸々活用しているのですが、先日の爆笑問題カーボーイを聞いていましたら、太田光が「ゆるキャラのどこが面白いのかわからない」という旨を述べていました。彼が述べていた根拠は「喋らない(テレビ的にアウト)」、「こちらが殴る等のアプローチをしなければならない(ワンパターンに陥る)」、「動けない(つまらない)」、「大きい(テレビの舞台裏は狭いから邪魔)」というものであったかと思います。

テレビ文化に生きるタレントとしての彼の意見は個人的には頷ける面もあるかと思っていますが、ゆるキャラ好きの人からすれば、彼が列挙した根拠は首肯できないものかもしれません。ともすれば、「だから良いんじゃないか」となりうるでしょう。何よりゆるキャラとされる存在は彼が欠点として挙げた点を売りにしている面があることも事実です。では、なぜ齟齬が生まれているのか。

一つには大きく文脈が違うという点があるでしょう。テレビメディアにおいて発声が出来ないゆるキャラは他の出演者が引き立て役になる必要があります。そのため共演者の労力が通常よりも大きくなり、厭われるというのは良く分かります。それに対し、ゆるキャラはご当地キャラや企業などのイメージ性を請け負って存在しているという文脈、さらにいえば物語性を内包しており、その出自がテレビ文化に溶け込むための身体性などを所持することを許さないわけです。あ、なお、ふなっしーはお笑い芸人枠です。あの妖精のせいでスギちゃんが確保していた笑っていいともの枠が一つ失われました。

スギちゃんには頑張っていただきたいわけですが(棒読み)、もう一つとして良く挙げられるのはゆるキャラが乱立しすぎるという点でしょう。数少ないゆるキャラに関する論文である平林千春「ソーシャルコンテンツによる地域活性化戦略の手法とその検証」(『東北芸術工科大学紀要』20号、2013年)では、「ソーシャルコンテンツ」を「「地域から誕生・発信され、地域活性化の媒介・ツール・シンボルとして、その地域の人々に需要・活用されているエンターテイメント性を有した精神文化の所産」(52p)と定義しています。つまりゆるキャラだけではなく、ご当地ヒーローやB級グルメなども含むことになります。この論文では、上手くいかないゆるキャラに対し「ただキャラクター化すればいいということではなく、プロモーションも含めて地域活性化戦略としてトータルにマネージメントされる必要性を垣間見せている。多くの成功したソーシャルコンテンツはそのコンテンツの質もあるが、むしろどういう浸透策を採ったかということが無視できない」(54p)と述べています。

要は作ればいいというわけではない、ということです。この点はコンテンツツーリズムにも同様に言えまして、作品の舞台になり、物語性が生まれれば、勝手に動き出す、などという甘い妄想が意外に頑迷と存在しております。せめて、井手口彰典先生の論文「萌える地域振興の行方. -「萌えおこし」の可能性とその課題について-」ぐらいは読んで考えてから、聞きに来てください、と言いたい。以上、実体験に基づく愚痴でした。井手口先生の論文はこちらでpdfにて読めますのでぜひ。

というわけで何述べたいかといいますと、初日のシンポジウムは参加者の皆さんで色々と考えましょうということです。建設的なご意見をお待ちしています。

アニメ・マンガで地域振興

n次創作観光 アニメ聖地巡礼/コンテンツツーリズム/観光社会学の可能性

キャラクター大会に向けて その4(俺ガイル!)

キャラクター大会が近づいてまいりました。今週末になります。ご参加を検討中の方はぜひともご登録をお願いいたします。参加費の値下げもいたしまして、学生さんは無料になりました。

さて、今回はキャラクターというのが一つのテーマですが、皆さんがイメージするのはどのようなものがあるでしょうか。シンポで取り上げる「ゆるキャラ」を筆頭とした地域や団体、組織のキャラクターというのも一つあるでしょう。2日目のシンポで取り上げますゲームや絵本、マンガで描かれるキャラクターというのも考えられます。

しかし、このようにメディアに表出されるキャラクターのみが着目すべき点でしょうか。今回、2日目の初回で発表していただく七邊信重さんの発表「「社会関係の拒絶」か「再帰的関係」か―コンテンツに見る「優しい関係」の出口―」では、渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』などを取り上げるそうです。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。8 イラスト集付き限定特装版 (ガガガ文庫)

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。第6巻 (初回限定版) [Blu-ray]

この作品はアニメ化・ゲーム化もされ、マンガ連載も進んでおりますので、ご存知の方も多いでしょうが、簡単にあらすじを説明しますと高校進学直後に交通事故にあい、入院していたため、友人ができないままの主人公八幡は「ぼっち」であることを指標していたが、それに対し教員により無理やり奉仕部に入部され、人付き合いの苦手な才女や友達作り(及び維持)に長けた少女、中二病全開のオタク…とデフォルメされているキャラクター群による学校生活が描かれています。個人的には『あやかしがたり』が日本史学の成果と妖怪物とを融合させた見事な作品であったために、『俺ガイル』が出てきたときは既視感満載の設定に頭を抱えたものでした。が、実力のある作家はそのような既視感も取っ払うことが出来るものだと感心したことも覚えています。「オリジナル」なんてものは既に存在しないので、この世には既視感しかないのですよ、という意見もあるかもしれません。

さておき、話をキャラクターに戻しますと、別にデフォルメされたキャラクターが魅力的だという話に帰着するわけではありません。もちろんデフォルメされているがゆえに非常にクリアに作中で描かれる情景が伝わってくるため「お前は俺か」と思う読者も多いでしょう。ちなみに私の好きなキャラは平塚先生です(さりげないフォロー)。ここで着目したいのは作中で描かれている若者たちが形成する人間関係、さらに言えばスクールカーストに関してです。

実はこのような学校制度内における若者自身のアイデンティティ形成や人間関係という問題はキャラクター研究でも非常に重視されています。2日目のシンポジウムにご登壇いただく、あいはらひろゆきさんは『キャラ化するニッポン』(相原博之名義)でも、この問題を取り上げており、若者のみならず現代において社会生活をする人々が如何に自らをキャラ化しているのかについて述べております。学校制度内に目を向けますと『キャラ化する/される子どもたち』(土井隆義)でも、過剰なほどに依存される関係性に着目をしております。さらに本学会学会誌にもご寄稿いただきました浅野智彦さんは若者全体に目を向けて、消費やコミュニケーションの問題を同時代的に取り上げて着目しています(『「若者」とは誰か: アイデンティティの30年』)。特に専門ではありませんので目についた著作をざっとめくっただけでも、学校制度内におけるスクールカーストや過剰なほど求められる人間関係、もしくはコミュニケーション不全が問題として認識される社会状況が既に存在することが理解できるのではないでしょうか。

もちろん、これは世代や個人、地域性によってかなり変化する問題だと思います。大学で教えていると学校によっては高校生までの生活を引きずっているのかスクールカーストが見事に形成されていたり、まったく気にせずにアニメの話をしている学生を見たり、と千差万別かもしれません。先日、授業で聞いたら、10代の学生があまり『俺ガイル』を読んでいない様子でしたので、驚きました…。共感しうる世代も違うのかもしれません。平塚先生、がんばってください。いや、渡航先生、がんばってください。

と、つらつらと書いてまいりましたが、七邊さんがこのような話をするかはわかりません。そもそも「自由論題」の枠組みで応募されていますし…当日をお楽しみに。

キャラ化するニッポン (講談社現代新書)

キャラ化する/される子どもたち―排除型社会における新たな人間像 (岩波ブックレット)

「若者」とは誰か: アイデンティティの30年 (河出ブックス 61)

キャラクター大会に向けて その3(値下げしました!)

今週末に本学会2013年大会「キャラクターを作る/動かす/考える」が開催されます。毎年、会場費を支払う関係で、参加費を参加者の皆さまからいただいているのですが、実行委員長をしている私は「少し高いのではないだろうか」と少し懸念しておりました。そこで今年は再計算をし、少し値下げを敢行いたしました。こちらの参加登録サイトに掲示しておりますが、具体的にかきますと

非会員・両日:3000円 → 2000円
非会員・1日のみ:2000円 → 1000円
会員:1000円(両日・1日のみともに) → 500円
学生(非会員1000円、会員500円、ともに両日参加可能) → 全て無料。両日参加可能!

となります。ポイントは学生さんは無料という点です。学生に戻りたい。学生さんは遠慮なくご参加ください。学生であれば学校の種別や学校名は問いません。過去の参加者で一番若いのは中学生の方でした。超高校級ですね!というわけで引き続き、皆様のご参加をお待ちしております。

キャラクター大会に向けて その2

2回目です。前回の更新から1週間以上が経過し、あっという間に大会まで残り1週間となりました。参加を希望される方はぜひご登録ください。発表者の皆様は準備をお願いいたします。委員もそろそろ準備活動が本格化し始めますね。

さて前回のブログエントリでは初日シンポの話をしましたが、今回は2日目の「キャラクターの創造と活用」について簡単にご説明いたします。初日に関しては、いわゆる「ゆるキャラ」と呼ばれるものを中心として、地域社会とキャラクターとの関連に着目をしてシンポを企画いたしましたが、2日目はより広くキャラクターを取り上げ、クリエーターの方々がどのようにしてキャラクターを作り上げ、作品内で動かしていったのかについて語っていただこうと考え、行うことになります。当日の司会は本学会会長の吉田正高です。

ご登壇者ですが、あいはらひろゆきさんは絵本「くまのがっこう」やアニメ「がんばれ!ルルロロ」を手掛けるなど、クマのキャラクターでお馴染みの絵本作家です。

くまのがっこう (PICT.BOOK)

がんばれ!ルルロロ~あわあわおばけ~ [DVD]

また肩書にキャラ研代表とありますようにキャラクター研究も行っており、相原博之名義で『キャラ化するニッポン』を執筆されております。当日は絵本からアニメに至るまでご自身のキャラクターの創造から活用までお話しいただけることでしょう。

キャラ化するニッポン (講談社現代新書)

 

はじめさんは『ウチのダンナはサラリーマン山伏』などのエッセイ漫画でも有名ですが、キャラクター展開をしている「あおくび大根」の生みの親としても著名な方です。

ウチのダンナはサラリーマン山伏 (コンペイトウ書房)

あおくび大根―わびさび日記

当日は「あおくび大根」の創作秘話をお話しいただける予定です。

あおくび大根 ちび大根ぬいぐるみ(クレヨン)

齊藤祐一郎さんはゲーム会社スパイク・チュンソフトに所属されているクリエーターの方ですが、大ヒット作品である『ダンガンロンパ』シリーズを手掛けられまております。

ダンガンロンパ1・2 Reload

 

超高校生級の方もぜひ学会にご参加を!アニメも大好評でした。

ダンガンロンパ The Animation 第1巻 (初回生産限定版) [Blu-ray]

そしてモノグマの印象が深いダンガンロンパですが、齋藤さんのトークへの特別ゲストとしてクマ界では外せない森チャックさんをお呼びいたしました。

森チャック スパルタ マッサージ

 

グル~ミ~や汎用うさぎなど様々なキャラクターを手がけられておりますので、一度は目にされたことがあるのではないでしょうか。

以上のように素晴らしいゲストの皆様にご登壇いただきまして、2日目のシンポジウムを進めていきたいと思います。吉田さん、がんばってください。クマ率が高いですね。

1/700 ウォーターラインシリーズ No.316 1/700 日本海軍 軽巡洋艦 球磨 31316

キャラクター大会に向けて その1

皆さん、艦これをやっていますか。イベントクリアは出来ていますか。私の旗艦は金剛です。改二です。たまにうるさいです。

さて、今年の本学会の大会テーマは「キャラクターを作る/動かす/考える」になります。昨年、特別講演としまして、「いまいち萌えない娘」に関して矢野正樹(いまもえ制作委員会・ディレクター)さんに「萌える?萌えない?いまいち萌えない娘」というタイトルでご発表いただきました。それを踏まえて、今年は「キャラクターに焦点を当ててみよう」と委員会にて誰かが言い出して、そのままのノリで大会テーマになったわけです。今年は私が大会運営委員長という名の事務その他総括係を担当しています。

「いまいち萌えない娘」が神戸をフィーチャーしたキャラクターであるという点、さらには近年、話題の「ゆるキャラ」が押し並べて諸地域に関連したものであることを鑑みまして、初日のテーマは「地域社会とキャラクター」になります。瑞浪市化石博物館学芸員である安藤佑介さんには博物館のキャラクターである瑞浪Mioに関してお話いただきます。SSS合同会社CEOである小田恭央さんには東北地方の企業であればライセンスフリーである「東北ずん子」についてお話いただきます。最近、小説が出ました。そして、ゆるキャラといえば「ひこにゃん」ということで彦根市産業部観光振興課長 兼 フィルムコミッション室長 兼 コンベンションサービス室長である野﨑孝志さんには、ひこにゃんの誕生についてお話いただきます。

先日、「ご当地キャラ博 in 彦根」が開催され、今度の24日に「ゆるキャラグランプリ」が開かれるというタイミングですので、それに関するお話も聞けるかもしれません。

そしてコメンテーターには「聖地巡礼」といえば、この人ということで柿崎俊道さんにご登壇いただきます。多くの土地と地域コンテンツの活用を目にしてこられ、そして聖地巡礼プロデューサーとしても活動されている柿崎さんから総括的なお話をお聞き出来ればと思います。

以上のような感じで初日のシンポを開催します。2日目に関してはまた後日、更新します。

ひこにゃん/ぬいぐるみ Mサイズ

東北ずん子  「むちむち」じゃありません! 「もちもち」です!

VOICEROID+ 東北ずん子

小説 いまいち萌えない娘

聖地巡礼 アニメ・マンガ12ヶ所めぐり

1/700 特シリーズ No.83 日本海軍高速戦艦 金剛 昭和16年 (1941年)

「コンテンツと歴史」に向けて その2

その2です。毎回、何を書くか全く考えずにキーボードを打ち始めるので大変です。面倒とも言い替えることも可能。今度の例会は7月7日(日)に開催されますので、ぜひ、ご参加ください。

さて、その例会のタイトルは「コンテンツと歴史」ですが、取り上げるテーマの一つに「歴史ファン」が挙げられます。従来の歴史学では、作品を受容するファンを取り上げる研究は皆無と言っても良い状況であったかもしれません。例えば、司馬遼太郎や松本清張、中里介山、島崎藤村…と様々な作家を取り上げ、その思想について考察するというのが、比較的オーソドックスな研究と言えるでしょう。それでもナラティブな研究を行うこと自体、歴史学内部においては先進的な状況であったと捉えることも可能です。

しかし、そのような歴史学の研究状況と相反するように「歴史ファン」の動きは様々な変容を見せています。藤本由香里さんが書かれているように『ベルサイユのばら』の連載に対して編集側から「女子供に歴史物は受けない」と反対されたと言います(藤本由香里「「女たちは歴史が嫌い」か?-少女マンガの歴史ものを中心に-」長野ひろ子・姫岡とし子編『歴史教育とジェンダ- ― 教科書からサブカルチャ-まで』青弓社、2011)。もちろん、その後の大ヒットや現在の「歴女」の存在などを考えれば、検討違いであることは間違いないでしょう。藤本さんが書かれているように、これまで語られてきた「歴史」とされるものが男性主体であるがゆえに女性主体の物語を作る場合、史実から離れる必要があった、裏返せば男性が描く、男性に向けた物語は常に史実を意識する必要があったわけです。しかし、そのなかにおいて「戦国BASARA」のような惹きつけるコンテンツが登場してくる土壌が生成されたと考えることは可能です。

では、「歴女」という人々はどのような趣味嗜好を持っているのか、という点に着目されたのが、今回の例会で発表される堀内淳一さんです。既に『コンテンツ文化史研究』第6号にて「歴史コンテンツの受容と消費者の意識 ―「新選組」コンテンツに関する調査報告―」を発表されています。アンケート結果を通じて、「歴女」とされる人々について詳細に考察されております。論文は一回の調査結果になりますが、その後もアンケート調査を続けられており、例会発表ではより総体的な発表になると思います。

歴史学のナラティヴ―民衆史研究とその周辺

歴史教育とジェンダー―教科書からサブカルチャーまで (青弓社ライブラリー)

ベルサイユのばら 1 (集英社文庫)

戦国BASARA HD Collection

「コンテンツと歴史」に向けて その1

まさかの今年初のブログ更新になります。忘れていたわけではありませんが、一人で編集・研究・広報と動かしているとブログ更新にまで、なかなかたどり着けませんね。

さておき、既に告知が出されているように今度の7月7日(日)に今年度の第1回例会が開催されます。タイトルは「コンテンツと歴史」。誰も言及しないので、ここに書いておきますと、チラシは「歴史とコンテンツ」になっておりますが、並列ですので、どちらでも良いです。

「歴史」を考える際、決して無視できないのが、漫画・アニメ・ゲーム・映画・小説等々のコンテンツを中心としたフィクションをどのように考察していくのか、という点ではないでしょうか。コンテンツ文化史学会では、とっくの昔にこのような観点から例会や大会を開催していてもおかしくはないのですが、実は初めてのアプローチになります。取り上げるのが遅くなったのは、既に先行して存在する歴史学の小難しさが確実に存在し、且つ、史実か史実ではないかという二項的な価値観に落し込まれる可能性が大いに存在しえたからなのかもしれません。ただ、そのようなことを考えているのは私だけかもしれません。私は頭が悪いので歴史学とか何を言っているのか全然理解できませんし。その昔、「歴史」は「素材」ではないし、「消費」される対象ですらないと歴史学の某国立大教授に言われたことがあります。未だに何を言っているのか私には分かりません。

さて、「歴史」を意識するのは、どのような時か、ということを考えますと、例えば写真家の港千尋氏が『芸術回帰論』(平凡社新書、2012)の「歴史のイメージ」にて挙げているのが、映画であり、何より写真になります。確かに日本においては歴史的にも日清日論戦争時には大量の写真帖が作成されました。それ以前の西南戦争時とのメディアの違いは写真機および技術の発達と連動していると思います。この点は災害時におけるメディア報道を比べても同様でしょう(北原糸子『メディア環境の近代化 災害写真を中心に』御茶の水書房、2012)。記録から記憶へ、そして「歴史」へと昇華されうるわけですが、ここにモニュメントやランドマークも絡まりながらイメージの形成が行われていくことになります(羽賀祥二『史跡論』名古屋大学出版会、1998)。さらに言えば近代化遺産や、それに伴うツーリズム(ヘリテージツーリズム)も考えるべき点かもしれません。

ただし、これらに関しては常に事実を意識しながら、史実とされるものへと至るような気がしますが、今回の例会にて取り上げようとしているのは別のアプローチになります。「歴史」が描かれるフィクションをどのように捉えるべきか、という点です。

芸術回帰論 (平凡社新書)

メディア環境の近代化―災害写真を中心に (神奈川大学21世紀COE研究成果叢書―神奈川大学評論ブックレット)

史蹟論―19世紀日本の地域社会と歴史意識

ホーム > ブログ

サイト内検索
RSSフィード

Return to page top